劇的な変化なんて稀だし、たまたまだから

こんにちは、ブルーベル代表 市村幸美です。

少し前にInstagramに投稿したのですが、今グレーゾーンのケアについてまとめています。(Wordで作成していて、PDF形式でダウンロードできるようにしたいと思っています)

この状況で、私が社会に対してできることってなんだろう?と毎日考えています。今のところやっぱり発信しか思いつかないので。

あまり長くならないようにしたいと思ったんですけど、10ページくらいになっています。。。

↑ 製作途中

書けば書くほど、自分でも混乱 頭痛い 笑

 

ショッキングすぎても伝わらないし、当たり障りのないことを書いても意味がないし、何度も書き直しです。

生みの苦しさ、書籍の執筆期間を思い出します。。笑

もう少しお待ち下さいませ

さて、今日は

認知症ケアに感動的な場面を求めすぎていないか?

について考えていきたいと思います

 

認知症ケアでは

少しの関わりで認知症の人が劇的に変わることがあります

 

ずーーっと怒っていた人が笑顔になったり

まったく食事を食べなかった人が「美味しい」と言って食べてくれたり

奥さんに暴力を振るっていた人が急に優しくなったり

 

確かにある

嬉しいですよね

 

でも、稀(まれ)です

滅多にない

 

そして、こういう場合は

ケアの結果ではありません

たまたま本人のタイミングだっただけ

 

 

たまたまこういうエピソードを体験すると

認知症ケアって素晴らしい!

もっとこういうエピソードを増やして世に伝えたい!

認知症の人を幸せにしたい!

って熱くなってしまいます

 

昔は私もそうだったし、こういう成功体験がモチベーションにつながっていた

 

でも

滅多にないんですよ

 

でも

欲しくなる

 

だから認知症の人に「誰がみてもわかるような良い変化」を求めてしまう

おそろしく自分勝手でした

 

 

認知症ケアは

そういう滅多にないドラマティックなエピソードなんか求めずに

いつもと変わらない日々の淡々としたケアを

最初と変わらずに丁寧やり続けることができるか

そこにかかっていると思う

 

 

セミナーでも

劇的に変わったエピソードとか

劇的に変えるメソッドとか

または

お涙頂戴的なエピソードとか

参加者がそういうのを求めているのはわかっているけど

 

絶対言わない 笑

 

そういうのが認知症ケアの醍醐味だ、なんて思われたら困るから

自己満足のためのケアなんてなんの意味もないから

 

もう一度言いますね

劇的な変化なんて稀で、もしあったとしてもたまたまです

 

では、またー

1 個のコメント

  • お師匠様

    いつもありがとうございます。

    ダウンロードできるのを楽しみにしております。
    (急がせているのでは、決してありません)

    地道なケアの連続につきますね。改善するのを期待するのではなく

    どうすれば少しでも”今””を維持できるか?

    ここを共有できるか(スタッフで)にチャレンジ中です。

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