認知症の行動・心理症状(BPSD)のひとつに「帰宅願望」と呼ばれる症状があります。帰宅要求や夕暮れ症候群などと呼ばれることもあります。今まで認知症治療病棟、デイサービス、施設、ショートステイなど様々な現場で認知症ケアを経験してきましたが、どこの現場でもみられます。専門職の方ならば誰もが経験していることと思います。
認知症の症状
まずは、認知症の症状のおさらいから。

認知症には、脳の障害によって直接出てくる症状を認知機能障害(認知機能症状・中核症状とも言います)と、それによって引き起こされる行動・心理症状(BPSD)に分けられます。今回テーマにしている帰宅願望は行動・心理症状(BPSD)に分類されます。
背景になっている認知機能障害は何か?
行動・心理症状(BPSD)の背景には、必ず認知機能障害があります。帰宅願望の背景になっている可能性がある認知機能障害をいくつか挙げてみます。
判断力の低下
帰宅願望の訴えは中期以降の方に多く見られます。初期では記憶障害があっても、「なぜ自分がここに居るのか」ということは理解できていますが、認知症が進行し中期以降になってくると、この認識が曖昧になって来ます。
治療が必要で入院しても、説明の内容を忘れてしまったり、説明の内容が理解できなかったりするために入院しなければならないという状況が理解できないことがあります。デイサービスや施設入所も同様です。
見当識障害
“家ではないことはわかるけど、ここがどこかわからない”という状況であることがわかります。場所の見当識の低下により,自分がこの場にいる理由だけでなく、場所がわからなくなってくることが帰宅願望の背景になっています。
記憶の混乱
「仕事に行かなければいけない」など、現在の生活にそぐわないことを理由に帰宅願望を訴える方がいます。記憶障害によって生きている時代が遡っているために起こってきます。
常識で考えると「もう仕事を辞めて何年も経つのに何を言っているのだろう」と思ってしまいますが、本人は会社員だった時代の記憶で生きています。その方にしてみたら、「自分は仕事があるのだから、こんなところでのんびりしている場合ではない」という気持ちなのだともいます。

共通するのは居心地の悪さ
家に帰りたいと訴える方の理由はさまざまですが、共通している心理としては「今いる場所が安心して過ごせる場所ではない」ということです。これは自分に当てはめるとよくわかりますが、行きたくなかった飲み会など、居心地が悪ければ「帰りたい」と思いますよね。
病室(居室)の環境、周囲の人間関係、職員の態度、日課の内容など、どこに居心地の悪さを感じるかは人それぞれですが、安心できない要因があります。
夕方に帰宅願望が強くなるのはなぜか
1日中帰宅要求を訴えるという方はあまりいません。(全くいないわけでもありませんが・・)。どのような時に「帰りたい」という気持ちになるのか観察をしましょう。観察からケアのヒントが見えてくることが多いです。
帰宅願望は夕方に見られることが多く、夕暮れ症候群と呼ばれることもあります。なぜ夕方に多く見られるのか考えてみます。
今までの生活のなごり
普通の生活では夕方は忙しい時間です。サラリーマンならば仕事を終え帰宅する時間でしょうし、主婦であれば家族のために食事を準備する時間です。自分が置かれている状況が分からないと「こんな見ず知らずの家でのんびりしている場合じゃない」と思うのは当たり前のことのように思います。
職員が忙しい時間帯
病院や施設では申し送りに向けて夕方から忙しくなり、訴えに対してゆっくり対応ができない時間帯になります。デイサービスでは送迎の時間になり職員があわただしく出入りする時間帯になります。この少しの空白の時間がもたらす影響は現場で働いていると大きいような印象があります。

帰りたい理由・帰りたい場所は?
「帰りたい」と言われると、帰らせてあげることのできない罪悪感から、つい逃げ腰になってしまいます。ですが、突っ込んで聞いてみるのも一つの手です。




みたいな感じでグイグイ聞いていくと、意外に落とし所が見つかることがあります。
「家に帰りたい」という言葉の裏にあるもの
「家に帰りたい」という言葉の裏には、認知機能の低下によってさまざまなことが出来なくなった自分を受け止められず、自分が何でも出来ていた自分が一番輝いていた時代に帰りたいと思っているのではないか、と感じることが多くなりました。そのような心理を理解して寄り添う気持ちを持つと認知症高齢者の反応が変わるかもしれません。
まとめ
認知症ケアでは、本人の望むことをさせて挙げられない罪悪感を抱えることがあります。介護する側の罪悪感は認知症の人にいい影響は与えません。どのように対応することが罪悪感がなくなるか、考えていくことが大切だと考えます。